ふいちゃんの中国日記

つれづれ編/フットパス編

大久保平(1/6) 縄文人現る

2018年6月2日


甲州市神金「大久保平」の開拓は戦後の食糧難対策として昭和22年(1947年)に始まり、約90人が移住して原野を開墾して陸稲や大豆、トウモロコシなどを栽培して暮らしていた。

昭和31年(1956年)大久保分校が開校。その後、昭和61年(1986年)に廃校となった。その跡地に「緑の交流館」が建てられている。大久保平には現在15世帯、60人が暮らしているが、農業で生計を立てている世帯は少なく、県外からの移住者や別荘を建てて暮らす人達が元々の集落の世帯よりも多くなっている。
  「以上、甲州市塩山上萩原上切上編(神金健康推進会発行)より抜粋引用」
2018年5月26日、フットパスに参加して甲州市神金の「大久保平」を訪れる。

アトリエに着いた時、私達を迎えてくれたのは丸太を石斧で切削作業している“鹿の毛皮”を着た「縄文人」だった。一同皆驚きの声があがった。考古博物館などで展示されている石斧は切削作業に時間がかかるものの実用性の高いものだということがよくわかった。ノコギリやノミにくらべれば加工精度は劣るが当時は画期的な道具だったことが理解できる。