ふいちゃんの中国日記

つれづれ編

徳和天神祭り(その2)徳和山吉祥寺

2018年2月2日


甲州に武川衆、津金衆などの特定地域に土着する辺境武士団が存在したことはよく知られている。武田信玄の家臣化していくが、武田家滅亡の後、徳川家康が甲州を治めると家康に仕え、関ケ原の戦いで活躍する。家康が天下を治めると武川衆は将軍の旗本となった。元禄の大老格となって幕府を主導した柳沢吉保は武川衆の血統である。



一方、百足衆は武田信玄の伝令部隊で、12人の百足衆がいたそうである。

徳和山吉祥寺は百足衆が祀られている。

徳和地区はひょっとしたら、百足衆の里だったのかもしれない。



百足は戦いの神の毘沙門天の使いと言われており、後には歩かないことから「後退しない(負けない)」と信仰されている。

兜のデザインにもよく使われている勇ましい虫なのである。(以上ヤフーブログより)


徳和山吉祥寺住職のお母さん達手作りのおもてなしを受ける。


料理はほとんど自家製でコンニャクや煮豆などどれも美味しかった。