ふいちゃんの中国日記

つれづれ編/フットパス編

大井俣窪八幡神宮(5/14)本殿

2017年8月10日


笛吹川の中島から現在の“窪”の地に移り「窪八幡」と呼ばれるようになったあと、永正十三(西暦1516)年に今川氏の侵攻により境内の多くが消失。その後、武田信虎、信玄により弘治三(1557)年に整備~建造された。(参照:同資料)

正面の板壁には金箔と共に竹、鶴、芙蓉、虎、ジャコウネコなどの絵が描かれていたというが、その面影は薄く残っているものの外からは判別がつかない。写真で分るのみ。