ふいちゃんの中国日記

つれづれ編

徒然

2013年4月5日


「つれづれなるまゝに、日ぐらし硯に向かひて、心にうつりゆくよしなしごとをそこはかとなく書き付くれば、あやしうこそ物狂ほしけれ。」で始まる徒然草(吉田兼好)の「徒然」をなぜ「つれづれ」と読むのか、昔昔、徒然草に初めて接したとき不思議に思ったのであったが、そう感じた人は少なくなかったのではないか。わたしもとにかくそう読むのだと受け入れた口である。

あれからうん十年、中国語と接するようになって「徒然 tu2 ran2 ツウ ラン」に出会った。日本語の意味は
    ① むだである。いたずらに。
    ② ただ・・・だけである。
である。机上辞典(誠文堂新光社)によると、「つれづれ」は「なすこともなくさびしいこと」とでている。

現在では中国語の「徒然 ツウラン」と日本語の「徒然 つれづれ」とは意味に直接のつながりはなさそうである。漢字が中国から日本へ伝来してきたのが6世紀のようだから、当時の文化人が翻訳作業にあたったとき、「徒然」は日本語ではこういう意味だということで「なすこともなくさびしいこと」になったのであろうか。

徒然草(吉田兼好)は14世紀の作、現在は21世紀。本家の漢字は進化するが伝播先は変化しないのが差異が生じるようになった原因か。

【註】
徒然 tu2 ran2 ツウ ラン①むだである。いたずらに。②ただ・・・だけである。